また違った狂気、とは

高熱隧道 (新潮文庫)

高熱隧道 (新潮文庫)

 伯父が昔、黒部川第4ダムの建設に携わった、という話は母から聞いたことがある。雪に閉ざされたなか、荒くれを相手に大変な仕事だったらしいと聞いた。
 本作はそれをさかのぼること20年以上、日中戦争の真っ只中を舞台としている。前記の城山三郎の作の解説に、城山と並べて、吉村昭の名前があったことから、手に取った。
 城山が「指揮官たちの特攻」で描くのとは違った狂気が、本作には描かれている。技術者が未知の領域に挑戦する、しかもそれが、トンネル工事という実践によって新たな技術が開発されていくという現場で。そのとき、技術者のあくなき挑戦は、信じられないような犠牲を生んでいくことになる。
 今から70年近く前のこととはいえ、300名にも及ぶ犠牲者を出す工事とは尋常ではない。(丹那トンネル関門トンネルの工事でそれほどの犠牲者が出ていたであろうか?)しかも、岩盤の温度が170度近くを示すという、劣悪、という陳腐な言葉では言い表せない状況で。
 金のためであろうか、仲間が死んでいくのをただただ無感動に送る労働者たち。人の死を労働力の低下としか考えなくなる技術者たち。死の重みに耐え切れず、人格が破壊されていく若い技術者たち。
 クライマックスはラストシーンなのであろう。演出が控えめすぎる気がするが、そうでなくてはならなかったのかもしれない。